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ISHIN No.111

危機感が生んだ変革の気風が医療の質と価値を高めている

白山石川医療企業団副企業長
兼 公立松任石川中央病院
放射線総合診療センター長
横山 邦彦

INDEX

    患者の相談依頼に衝撃

     「赴任した当時、世間の知名度は低いし、ブランド力もない。圧倒的に存在感が薄い病院だったと思います」

     インタビューののっけから、横山邦彦副企業長・センター長はそう呟いた。今から20年前の2006年4月、腫瘍核医学や甲状腺疾患を専門とする横山医師は、公立松任石川中央病院(以下、松任中央病院)が、自前の施設として建設したPETセンターのセンター長に迎えられた。前任地(金沢大学附属病院)の上司や仲間から「がんばって日本一のPETセンターにしてほしい」と送り出され、大きな期待と夢を背負っての着任だった。

     ところが、しばらくすると患者や家族からこんな相談をもちかけられる。

     「もし甲状腺癌の手術になったら、いい先生をご紹介していただけませんか?」

     「〇〇病院で甲状腺の治療をしたいので、紹介状を書いていただけないですか?」

     横山医師は、言葉に詰まった。院内にれっきとした専門医がいるのに、なぜ他所の病院や医師を紹介しないといけないのだろう。率直にそう感じたのだ。「患者さんからの要望なので断るわけもなく、紹介はした」ものの、複雑な思いは消えなかった。大学では言われたことがない言葉であった。

     そのころの松任中央病院は、地方の公立病院では全国でも極めて珍しい自前のサイクロトロンとPETセンターをもち、総合健診センター、いわゆる人間ドックの完成で、がん検診や予防医療に力を入れはじめていた。がん診療にとどまらず、救急医療や循環器のカテーテル治療でも高い実績を上げ、先進的な医療にも積極的だった。にもかかわらず、何度か通院する患者からためらいもなくそんな依頼や相談が舞い込んだ。

     「患者さんは病理検査結果や診断がつき、たとえば手術をすすめられたときの気持ちはといえば、有名であるとか漠然とした病院の評判にすがりたくなるものです。結局は、ブランドです。患者さんの不安な気持ちを思えば、痛いほど理解できます。ただ私が何より衝撃を受けたのは、当院が地域で頼れる存在になりきれていない現実でした。急性期病院として優れた医師や設備や先進的な治療を受けられる環境があるのに、患者さんの側に認識されていない。これは問題だと思ったんです。できることは何でもして、地域のいのちと健康を支える存在をもっとアピールしないといけない。そうしないとますます忘れられてしまう。そんな危機感で当時はいっぱいでした」

    PET検査用のFDGを自前生産

     松任中央病院を運営する白山石川医療企業団は、2008年4月に地方公営企業法を全部適用して以来、現在まで安定した経営を続けている。これはコロナ禍の影響や、昨今の物価高騰などで全国の病院の多くが赤字経営を余儀なくされる中、驚異的ともいえる。

     その成長を支える一番の要因が、急性期を担う松任中央病院の存在だ。その躍進ぶりは、企業団が一丸となって進めてきたさまざまな改革と重なる。

     横山副企業長の専門分野でいえば、PETセンターの規模と機能の拡充がある。現在、松任中央病院のPETセンターは、PET/CT3台とサイクロトロン設備を保有する。特筆すべきは、サイクロトロン設備があることで、主にがんの診断のための検査で使用する放射性薬剤FDGや認知症診断に欠かせないアミロイドPET製剤も自前生産できることだ。これにより1日20件以上の検査が可能になっている。

     サイクロトロン施設で十分な量のFDGを自力生産できる地方の病院は、全国でも稀だ。LINACや手術支援ロボット・ダヴィンチといった最新鋭の医療機器も備え、病院全体で先進的な医療が行える。その中心的な役割を果たしているのが、PETセンターといえよう。

     「PET検査はもちろん、甲状腺疾患の治療においても、2010年以降他所に負けないだけの実績をあげてきています。私のメインはPETセンターですが、病院全体で診療レベルを上げ、患者さんへのサービスを含めて、地域を巻き込んだ医療や介護のさまざまな仕掛けを促してきました。テレビや新聞、公開講座などを通じて情報発信し、診療放射線技師や多職種のスタッフにも、論文や学会発表など学術的な活動を積極的に呼びかけました。活動を多くの人に伝えることで思考がまとまり、自信にもつながります。企業でいう研究開発と同じで、全国区で名のある病院は必ず、研究や学術的な活動をしています」

    ID‐Linkが被災者を救う

     変革への積極姿勢は、病院の電子化やDX化でも発揮されてきた。「電子連携は専門ではないですが、外部のシステム会社と連携し、システムの設計、変更から実際の運用にいたるまで深くかかわってきました」と、横山副企業長は振り返る。

     先駆けが、PET検査に特化した電子連携システムである「ねっとPET」だ。松任中央病院に着任前、横山医師はこのシステムを外部の会社と共同開発した。

     「PETは当時まだ珍しい検査で大学にもありませんでしたから、病院外の先生方にも使ってもらえるよう新たな仕組みを加えたのです。簡単に言うと、ねっとPETのシステムを使っていつでも病院外の先生方が、PETの検査予約を入れたり、PET画像や診断レポートを見られるようにしたわけです。当時はFAXで予約して検査後に診断レポートと画像DVDをPETセンターの職員が紹介元へ届けていましたから、スピード感は全然違いました」

     院外にいながら、院内の医師と同じように予約ができて、検査結果を確認できる。このねっとPETを一歩進めて、CTやMR検査、さらに松任中央病院のカルテまで参照できる機能に拡張した。それもあって、電子化は一気に進んだ。これをもとに2013年には、患者の診療情報を、患者の同意があれば医師同士が双方向で閲覧できる「いしかわ診療情報共有ネットワーク」(ID‐Link:通称いしかわネット)の運用が県内のトップを切って開始された。いしかわネットは、大学病院や県立中央病院などの基幹病院と、地域の病院やクリニックをネットワークでつないだ電子的医療連携システムで、最大の特徴は、患者の同意があれば、患者の診療情報を、紹介先の病院またはクリニックの医師が閲覧できるところにある。

     横山副企業長は、そのいしかわネットの先駆けとなる仕組みを考案したわけだ。前提となったのは、地域の医療機関や先生方との医療連携だった。

     「最初は、当院単独で地域の先生方が、患者さんの同意を得て当院のPETやCTの情報、カルテなどの診療情報を見にくる形式でした。ところがそれだけだと、患者さんを紹介した地域のクリニックの先生方は、当院の診療情報を見ることができても、その患者さんが大学病院に行ってしまうと、先生方からはその情報を見られなくなります。そこで、大学病院や県庁、県医師会にも連携、協力をいただいて、ネットワークの対象が県内全域に広がって、運用できるようになりました」

     それから13年余り、いまやいしかわネットは大学病院や公立病院、公的病院など31の基幹病院とクリニック、薬局、訪問看護ステーションなど約730の医療機関や関連施設にまで広がっている。これだけの登録数をもつ診療情報共有ネットワークは全国でも例がなく「登録数は日本最大規模」(横山副企業長)で石川県民の宝ものだという。

     閲覧できる診療情報も、PETやCTの画像、服薬状況、血液検査の結果まで読み取れるようになっている。過去の病歴や複数の医療機関にかかっている状況も把握できることから、仮に患者が別の土地で病院にかかっても、余分な検査を省いたり、薬を処方する際にも役立つ。

     「能登半島地震で被災した患者さんが、当院など移住先近くの病院にかかったときいしかわネットでつながっていたことから、患者さんの同意を得て、迅速な投薬や診療の継続が実現できました」

    震災で注目された電子化

    震災対応といえば、もうひとつ重要な事例がある。松任中央病院では、PETやCTなど全診療科の全画像データをクラウド上に保管している。クラウドPACS(ピクチャー・アーカイブ・コミュニケーション・システム)と呼ばれる電子保管庫だ。2010年に当時の総務省の補助金をもとに、横山副企業長が中心となって構築した。

     クラウド化を進めた背景には、データ量が日々膨大になっていくこと、災害などで病院が被災した場合の個人情報や診療情報の流失を防ぐBCPの狙いがある。たまたまその翌年の2011年3月11日に東日本大震災が起こった。震災に先駆けて、クラウド化を進めていた横山副企業長は「まさか大震災が起きるとは予想もできなかったが、結果的に当院のPACSが重要な災害対策になるとして、世の中から注目されるきっかけになった」と振り返る。

     緊急時に役立ってこそ価値がある。診療情報共有ネットワークやクラウドPACSの構築は、いまや地域における松任中央病院の名前と存在を高める手段になっているのだ。

    行政と認知症予防にも取り組む

    電子化やネットワークの構築は、もともと地域の医療機関、クリニック、薬局、介護施設などとの連携を深め、地域における急性期病院としての存在を高めるのが狙いだった。しかし実際にシステムが稼働していくと、院内のDX化とも連動して次つぎと応用が広がり、新たな機能拡大へと結びついた。

     いしかわネットを用いた地域での薬剤情報の電子的共有もその一つだ。当初、周辺の調剤薬局に限っての実証事業で進められたが、良い事例が数多くあがってきたことで対象を広げつつある。

     「調剤薬局は医師の処方箋に基づいてお薬を調剤します。その際、服薬指導を行いますが、ほとんどは薬の用法の説明や副作用の注意にとどまっています。当院の連携薬局では、患者さんの同意を得たうえで薬剤師さんがいしかわネットで当院の情報をもとに、服薬指導を行うため質が非常に高い。たとえば、糖尿病の治療薬が増量になった患者さんに、血液検査のHbA1c(ヘモグロビンA1c)の数値が悪化した情報があると、『糖質の多い食事はもっと控えた方がいい』など踏み込んだアドバイスができます。その情報は必ず医師に報告され、医師は診療に活かせるわけです」

     「この調剤薬局との電子連携を2015年から続けてきたことが、電子処方箋の迅速な地区導入に大いに貢献しました。当地区の薬局の電子処方箋の普及率は100%で、2024年以降全国1位をずっとキープしています。電子処方箋によって医師と現場の薬剤師が、双方向でやり取りできるようになったことで、患者さんの安全性と医療の質が担保される。この電子処方箋の最大のメリットが当地区では実効性を持っています」

     一方、院内のDX化の一環として、横山副企業長が「患者さんが使うと便利な機能を実装できないか」とシステム会社と2019年に共同で開発したスマートフォンアプリが、PHR(Personal Health Record)アプリのNOBORI(ノボリ、PSP社、東京)である。患者はスマホを使って次の診察の予約確認ができ、受診を知らせるメールが届くので忘れることがない。当日は自宅にいながら受診手続をして、待ち順番を確認してから来院すれば、院内での待ち時間を減らすことが可能だ。さらに、処方箋の薬局への送信やクレジットカード払いにも対応している。NOBORIを使って、患者自身の健康データを自ら管理するこのアプリは、マイナポータルとも連携している。

     2022年度からは、同じく横山副企業長がプロジェクトリーダーとなり、白山市と「MCI(軽度認知障害)」の健診と認知症予防の健康事業にも取り組んでいる。65歳以上が対象で、認知機能チェックと、運動や栄養のプログラムを受けた人の年間医療費と介護費用の合計が、受けない人と比べて「年間26万円」低く抑えられると評判を呼んでいる。

     地域内どこでも同質の薬物療法を可能とする処方薬の推奨リストをつくる「地域フォーミュラリ」も自治体と進めている。現在、白山石川医療企業団を中心に県内では最初に白山市、野々市市、川北町の地域フォーミュラリ(愛称:しらやまフォーミュラリ)の作成にあたっている。

     「リストは有効性と安全性に基づきジェネリック医薬品(後発薬)から選ぶので、医師は自分の専門外の症状であっても推奨リストに基づいて円滑に処方できて、患者さんの費用負担が減るメリットもある」

     先駆的な取り組みに挑戦することで、地域における存在感をますます強めつつある。危機意識から生まれた変革の気風は、いまや松任中央病院にしっかりと根付いている。

    PROFILE
    横山 邦彦
    白山石川医療企業団副企業長
    兼 公立松任石川中央病院
    放射線総合診療センター長

    HISTORY

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