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ISHIN No.110

さらに研究を深め個別化医療の道を拓く

小野 賢二郎

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    認知症新薬のインパクト

    認知症の病態解明や治療薬の研究が進む中、2023年12月20日にアルツハイマー病による軽度認知障害と軽度認知症の治療薬「レカネマブ」の保険適用が承認された。2024年11月20日には、「ドナネマブ」が、同じく保険適用になった。新薬の登場は、認知症医療にどのようなインパクトをもたらしたのか。

    患者さんの対象が、進行した認知症ではなく、アルツハイマー病による軽度認知障害(MCI)と軽度認知症の段階に限られるとはいえ、レカネマブとドナネマブによって、アルツハイマー病が前進したのは確かです。

    レカネマブやドナネマブがいままでの治療薬と違うのは、アルツハイマー病の原因物質である脳内のアミロイドβを除去する抗体薬だということです。つまり病気の進行を、約20〜30%ですが遅らせることができる。認知症が進行してから治療するのではなく、進行する前に止めることができるところが、注目されている理由だと思います。

    ただ今後、アルツハイマー病の治療が一気に進むかといえば、まだその段階にあるとはいえません。大前提として認識しないといけないのは、治療薬とはいってもあくまでも進行を遅らせるだけで、認知症そのものを治せるわけではないということです。

    当院では、2024年1月に80代の女性にレカネマブを投与しました。これは北陸第一例目です。続いて同年11月に、70代の女性にドナネマブを投与しました。ドナネマブは金沢大学附属病院での症例が、全国初投与だったことから報道各社はじめマスコミでも大きな注目を集めましたので、ご存じの方も多いでしょう。

    レカネマブの第一例目投与から丸2年、同じくドナネマブは初投与から1年余りを経て、現在の状況について少しお話したいと思います。

    レカネマブ一例目の患者さんは、2週間に1回の投与で、1年半継続しました。その結果、直近のアミロイドPET画像で、アミロイドβの蓄積が劇的に減っているのを確認しました。レカネマブは希望すれば治療継続ができますので、患者さんは現在も治療を希望されています。日常生活は一人で維持できている状態です。

    ドナネマブは、4週間に1回の投与で、一例目の患者さんは1年間続けました。結果は2025年12月の地元紙の一面でも紹介されました。直前の11月28日に行ったアミロイドPET検査で、脳内のアミロイドβの蓄積が「完全に除去された」と判定し、ドナネマブによる治療は完了しています。

    認知症はどんどん進行する病気ですので、軽度認知障害のまま変わらない、つまり現状維持は、進行が抑制されていることになります。

    レカネマブについては、その後、症例を重ねて現在まで100人の患者さんに投与しています。その「100例」の結果について、全国紙やアルツハイマーの専門誌などに取り上げていただき、大きな反響がありました。海外からの問い合わせも多いので、これらの知見はアルツハイマー病分野や、臨床神経学分野における世界的トップジャーナルである「Alzheimer’s & Research Theropy」や「Neurology(The American Academy of Neurologyの公式学会誌)」で最近、掲載されているところです。

    世界が注目する臨床データ

    国内外のトップジャーナルが、私たちの研究に注目する理由は、日本人のまとまった臨床データを持っているからだと思います。100例とはいえ、レカネマブの日本人の臨床データをリアルに発表した例は多くありません。

    とくにレカネマブやドナネマブには、ともに副作用の心配があります。どちらもアルツハイマー病の根本原因とされる脳内のアミロイドβを除去し、進行を遅らせる点滴薬ですが、レカネマブは「塊になる前段階」を標的にするのに対し、ドナネマブは「既に固まった塊」を消すことを目的にしています。

    もう一つ、投薬頻度がレカネマブは2週に1回、ドナネマブが4週に1回投与するところに違いがあります。抗体薬を投与すると、アミロイド関連画像異常(ARIA:アリア)といって、脳のむくみや微小出血と言った副作用があります。投与開始から約6ヵ月以内に起きやすく、多くは無症状ですが、頭痛、めまい、吐き気、視覚障害などが生じることもあります。そのため定期的なMRI検査でのモニタリングが必須です。

    副作用があるかどうかを見極めるにあたって、脳脊髄液の中にアルツハイマー病の脳内に蓄積する異常タンパクp-タウ181の濃度が、基準値より高いか、低いかを調べました。結果、基準値よりも高い場合に副作用が起こりやすいことを突き止めたのです。

    p-タウ181を調べる検査は「保険適用」ですので、この濃度を測ってある程度、高い数値であれば、もしかしたら副作用が起きるかもしれないと予測ができます。ある意味、その事前予測も含めて、世界のトップジャーナルの目に止まったのだと思います。

    それを発見したのは当医局の篠原もえ子准教授ですが、彼女はデンマークのコペンハーゲンで開かれるアルツハイマーとパーキンソン病の国際学会でシンポジストに選ばれ、講演しました。

    世界のトップジャーナルへの掲載や、世界の専門家が多数集まる国際学会の場で、日本のデータが、どの程度インパクトを持って受け止められるか、その行方に注目したいと思っています。

    オーダーメイド医療

    レカネマブとドナネマブの登場は、認知症の早期発見にもつながっている。アミロイドPETや脳脊髄液検査、血液バイオマーカーと言った早期の検査、診断が、治療の前提条件になっているからだ。検査、診断体制の整備を含めて今後、認知症医療はどう進んでいくのだろうか。

    レカネマブとドナネマブの対象患者は、MMSE(ミニメンタルステート検査)を基準にして選びます。30点満点で、レカネマブは22〜30点。ドナネマブは20〜28点の間の人を対象にしています。ドナネマブの対象から外れる29、30点の人はレカネマブしか受けられないし、逆にレカネマブから外れる20、21点の人はドナネマブしか受けられないわけです。点数が両方に重なっている人はどっちを受けるかといえば、現状はドクターまたは患者さん及びご家族と相談して選んでもらうことになっています。

    最近は、どちらかに切り替えることも認められつつありますが、まだはっきりとしたコンセンサスは得られていないのが現状です。なぜそうなのかというと、アミロイドβの凝集や、その過程で形成される物質などに個人差があって、まだ詳しく解明されていないのです。

    アミロイドβが凝集される過程で形成されるプロトフィブリルという物質は、神経細胞に対してもっとも毒性が強く、記憶障害などを引き起こす主要な物質と考えられています。レカネマブがターゲットするプロトフィブリルは、アルツハイマー病による軽度認知障害の段階から増加しているのですが、どういうレベルで、どの段階で集まってくるかがまだ正確に掴めていません。個人によって凝集の仕方が違ってくるので、基礎研究、レカネマブの100例の臨床データ、さらにこれから先の50例、100例のデータをさらに積み上げていかないと、どういう人にレカネマブがいいか、ドナネマブがいいか、はっきりとした判定が下せないわけです。

    逆にいえば、より正確なデータが蓄積され、併せて副作用が起こりうる基準が明確になれば、患者さん個人個人に合わせたオーダーメイド医療、個別化医療が可能になっていくかもしれません。

    今後は、おそらく血液検査でアミロイドβやタウたんぱくを測定する時代へと進んでいくでしょう。私たちとすれば、アミロイドβの凝集がどの程度あるか、血液や髄液のどんなマーカーが、薬が効きやすいか、効きにくいかを診られるようにしたいと考えています。レカネマブ、ドナネマブはもちろん、今後さらに別の抗体薬が出てくる可能性もあります。そういう中で、どういうオーダーメイド医療をめざすかが課題になっていくと思います。ただ、どんなに測定技術が進んでも患者さん一人ひとりの診察所見が重要であることは常に変わりません。

    基礎、臨床、疫学の強み

    金沢大学附属病院脳神経内科は、認知症の基礎研究、臨床研究にとどまらず、地域における認知症の早期発見、予防をめざした研究も行っている。それが、2006年から続けられている石川県七尾市の中島町を対象にした疫学研究だ。

    臨床と基礎研究、それに疫学、コホートを行っているのは、私たちの強みでもあります。なかでも七尾市の中島町では、脳神経内科医師、歯科医師、薬剤師、公認心理師、看護師、栄養士、検査技師、理学療法士などからなるチームで、地域脳健診を実施しています。  脳健診は、地区の公民館などで中島町に在住の60歳以上を対象に、高齢者の脳の健康状態を評価しています。2016年度からは「健康長寿社会の実現を目指した大規模認知症コホート研究」の1コホートとしても研究に加わり、認知症の危険因子・防御因子の解明の一助となるよう、疫学データを収集・解析しています。

    こうした疫学調査、研究で蓄積したデータを生かし、次のステップにつなげていくことも重要だと考えています。レカネマブやドナネマブの症例につなげるのも一つだし、アミロイドβの検査や検体とドッキングさせることで、さらに見えてくるものもあると思っています。

    研究領域としては、パーキンソン病やレビー小体型認知症、筋萎縮性側索硬化症(ALS)など他の神経変性疾患についてもまだまだ取り組むべき課題は山積しています。パーキンソン病やレビー小体型認知症は、アルツハイマー病理を合併している可能性があって、そういう人は認知症が起こりやすい、いわゆる混合病理と言われています。そういう研究についても今後、力を入れていきたいと考えています。

    基礎、臨床、疫学研究の強みを生かしつつ、富山、福井の先生方とも協力しながら北陸の脳神経内科の研究ネットワークを広げていけたらと思っています。

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