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ISHIN No.109
最先端の白内障手術を被災地や途上国へ
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白内障手術で40代の視力
手術室に入るとわかりますけど、私の手術はあっという間に終わります。顕微鏡を使った手術で、早ければ4分から5分。次の患者さんが後ろの部屋で待機していて、終わるとすぐに入れかわり手術室に入ります。大学病院は、入れ替えに時間がかかるのでそう多くはできませんが、外の病院なら1時間に8〜10件ぐらいは普通です。長年、岩手県の釜石のぞみ病院にも通っていますが、そこでは午前中に40件ぐらい手術しています。
のっけから、自らが執刀する白内障手術についてそう打ち明ける。佐々木洋教授が手がける白内障の手術は、年間約3000件。日本では1年で約180万件以上の白内障手術が行われるそうだが、なかでも佐々木教授の手術件数は群を抜いて多い。そのスピードと安全かつ正確な手術の背景には白内障治療の進化がある。
白内障は、目の水晶体が白く濁る病気で、高齢になればなるほど有病率が上がっていきます。早ければ40代で約5%、80才以上ではほぼ100%の人になんらかの水晶体混濁が見られ、視界がぼやけたり、かすむようになります。カメラのレンズのような役割を果たしている水晶体が白く濁ってしまうと、元に戻すことはできません。
最も有効な治療法は、濁った水晶体を人工の眼内レンズに交換することです。この白内障手術が近年、大きく進化しており、いまや高齢の方で90歳〜100歳を超えて手術するケースも珍しくありません。局所麻酔で体への負担が少なく、手術の安全性とレンズの性能が格段に向上しているので、患者さんは安心して手術を受けられます。
最近は「見えるようにする」手術から「屈折矯正・視機能最適化」手術へと変わってきています。従来までは、見えにくくなった目を手術で治して、メガネを掛ければまた見えるようになる矯正視力を上げる手術でした。それがいまは、ただ見えるだけではなく、裸眼視力を良くする屈折矯正白内障手術と、老視矯正白内障手術が主流になってきています。平たく言えば、白内障手術をすることで視力が回復し、老眼もなくなってメガネをしなくても40歳ぐらいの目に戻れるわけです。
メガネなしで近くも遠くも見えるようになって、体への負担や合併症も少ない。それが最近の白内障手術の特徴で、患者さんのQOL向上にも大いに役立っています。
見え方の「質」を判定
要因の一つは、眼内レンズの進化です。従来の矯正視力を上げる手術では、特定の距離にしかピントがあわない単焦点レンズが一般的でした。これは、遠くに焦点を合わせたレンズを選ぶと、近くで読書などをする時には老眼鏡を使うし、逆に近くに焦点を合わせると、遠くを見るためのメガネが必要になります。
それが近年は、遠く・中間・近くの複数の距離にピントを合わせられる多焦点眼内レンズや、遠方から中間距離まで連続的に見える焦点深度拡張型(EDOF)レンズ、さらには乱視にも対応するトーリックレンズなどの普及により、患者さんの状態に合わせて最適な人工レンズが選べるようになっています。
ちなみに、単焦点レンズや単焦点EDOFレンズによる手術は保険適用ですが、多焦点系のレンズはほとんどが選定療養として、手術費だけが保険適用でレンズの費用は自己負担となります。金沢医科大学病院では、たとえば多焦点眼内レンズで手術を受けた場合、片目で約30万円、両眼で約60万円の費用負担となります。一見、高額に思われますが、手術によってメガネやコンタクトレンズが不要になれば、長期的な費用対効果はそう悪くないと思います。
二つ目の要因は、患者さん一人ひとりの状態に合った最適な治療法を選ぶために「見え方の質」を判定する検査や評価方法が進んだことです。
白内障には80ぐらいの種類があります。手術適応の基準についてガイドライン上はとくに決められていませんが、当院では見え方や色のコントラスト、老眼の進行度、メガネを遠くに合わせた状態で、30㎝〜1mがどの程度に見えるかを、片目と両目で全部検査します。そのなかで、患者さんがどの種類や型の白内障に当てはまるかを評価します。
具体的には、視力やコントラストの低下、屈折変化、羞明(まぶしさ)、単眼複視などの症状を、水晶体混濁から説明できるかを確認します。診断は主病型と副病型をしっかり評価し、そのうえで手術適応の有無を判断します。
ビジョンシミュレーターを開発
眼内レンズの選択に際しては「ビジョンシミュレーター」を導入しています。眼内レンズの種類による見え方の違いや、多焦点レンズを使用した場合の光の具合などを大型モニターで再現し、手術前に確認するシステムです。
眼内レンズの選択には、患者さんの日常生活の視距離、とくに最も視る時間が長い最頻視距離を確認し、生活で何が大事かを把握する必要があります。たとえばパソコンや携帯の使用頻度はどうか、パソコンはデスクトップかノートパソコンか、近くまたは中間視が必要な趣味はないか、夜間運転や低照度での作業があるかないかなど。それらに応じて、両眼での全距離視力をテストし、どの距離が見えて、どの距離に不自由を感じているかなどを確認します。
ビジョンシミュレーターを使用すると、患者さんは術後に裸眼で中間距離や近距離がどのくらい見えるか、見えにくいか、十分理解しないまま手術を受けることはまずありません。患者さん自らが、最適な眼内レンズを選択できる画期的なシステムだと思います。
ビジョンシミュレーターは、2020年9月に私が理事長を務めるNPO法人で開発し、金沢医科大学病院が全国に先駆けて使用を開始しました。すでに全国で100を超える医療機関で採用されており、今後はアメリカの病院でも使用される予定で、2026年早々に上市される計画です。
もう一つ、当院では低眼圧で手術を行う低灌流圧白内障手術を行っており、その有用性に適した最新の手術機器「UNITY VCS(以下UNITY)」を導入しています。UNITYは、従来までの水平方向だけではなく、垂直、縦方向にも振動し、これまでの2倍以上の効率で水晶体の核を破砕、吸引できます。進行した核の硬い難症例であっても、低侵襲の手術が可能です。
低灌流圧手術は、術中の患者の疼痛が少ない、術後に早期の角膜浮腫が少ない、術後の炎症が少ないなどのメリットがあり、UNITYの採用と相まって良好な治療成績を上げています。
白内障の国内第一人者である佐々木教授は、紫外線による眼障害などの疫学調査、研究でも高い実績を上げている。特に疫学調査は、国内では地元石川県はじめ鹿児島県、沖縄県、海外ではアイスランド、シンガポール、中国、台湾、アフリカのタンザニアなどを対象に行っており、白内障をはじめとする眼障害と紫外線との関連性を裏付ける貴重なデータになっている。一方、岩手県の釜石のぞみ病院はじめ、能登地区の穴水総合病院や宇出津総合病院などの被災地にも赴き、白内障治療を通して地域との医療連携や関係づくりにも力を注ぐ。
紫外線関連眼疾患の疫学調査
疫学調査を始めるきっかけは、私が自治医大から金沢医科大学に移籍した1996年ごろにさかのぼります。それ以前の1990年ごろから、紫外線被曝が白内障のリスクであることが疫学研究で報告されていました。金沢医大でも環境省関連の研究で、気象条件の異なる地域での紫外線と白内障に関する調査を開始し、私が担当することになったのです。
対象地域は、当初は石川県輪島市門前町、アイスランドのレイキャビク、シンガポールの3地域でした。白内障の有病率は、シンガポールが最も高く、ついで門前、レイキャビクの順で、シンガポールとレイキャビクでは、白内障の発症年齢に約15〜20年の差がありました。
それ以降、海外では中国・遼寧省の瀋陽市、山西省の太原市、海南省の三亜市の農村部、台湾の台中市、アフリカのタンザニア、国内では門前の調査を継続しつつ、鹿児島県喜界島、沖縄県西表島などで成人を対象とした調査を新たに行っています。小児における眼部紫外線被曝の影響についても調べており、石川県、沖縄県、台湾、タンザニアでそれぞれ実施しています。
これまで調査した症例は、2万人以上に及びます。特徴的なのは、高温地域で核白内障が非常に多く見られたことです。すなわち紫外線の強い地域、高温環境が白内障のリスク要因になることが、調査から明らかになったのです。
小児期の紫外線被曝についても、沖縄県西表島で、高校卒業まで沖縄に住んでいる人と、移住者とを比較調査した結果、前者の方が翼状片のリスクが約6倍、核白内障が約8倍高いことがわかり、小児期からの紫外線対策が極めて重要であることを示しています。
佐々木教授は、紫外線との因果関係だけにとどまらず、熱中症と白内障との関係調査をはじめ、2012年から東京電力福島第一原子力発電所の緊急作業に従事した作業員の放射線被曝による健康への影響についても、長期にわたって検証している。低線量放射線被曝と白内障発症との関連性などを追跡しており、日本眼科学会や日本白内障学会にも協力を依頼し、全国80施設において調査を継続中だ。最先端の白内障手術や疫学調査で、国内外を駆け巡ってきた佐々木教授の次なる挑戦は、どこに向かうのか?
途上国で病院を設立
多焦点眼内レンズを使った白内障手術の実施率は、国内ではまだ4%と少ないので、これを世界レベルの10〜15%にまで普及させたいと考えています。それとビジョンシミュレーターのなかに、眼内レンズ(IOL)を自動選択できる機能を付加して、データや数値を入力すれば、どこの眼科でも自動的に患者さんに最適なレンズを選べるようにできないかも検討しています。
ICL手術(Implantable Contact Lens)も始めたいと思っています。角膜を傷つけずに、目に小さなコンタクトレンズを挿入して、近視・遠視・乱視を矯正する視力矯正手術です。度数が強い人でも安全に受けられ、白内障を発症したら、ICLを摘出し、白内障手術をすることも可能です。今後この分野で国内No.1をめざしたいと思っています。
白内障を予防するのはなかなか難しいですが、私の研究室では老眼の硬くなった水晶体を柔らかくする点眼治療薬の開発にも取り組んでいます。この研究を企業と共同開発できないかについても検討しています。
疫学調査については、新たに南米のペルーを考えています。ペルーは、紫外線が強く暑いジャングルと、同程度に紫外線が強く涼しい高地の気候条件を備えていて、暑さと寒さという両極端の気候風土の中で暮らす人たちの、白内障との関連性などを是非、調査、研究したいと思っています。
アフリカや南米などの途上国では、医療が整っておらず、白内障など目の病気で失明している人がまだたくさんいます。疫学調査はもとより、白内障自動診断機器の開発、手術指導、眼科病院の設立など、いろんな支援の形を通じて貢献していきたいと思っています。
将来的には、ペルーで病院を設立し、白内障で苦しむ多くの人たちの“光り”になれればと。私自身の夢であり、ライフワークとして取り組んでいきたいと思っています。
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