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ISHIN No.108
5つの「S」で新たな挑戦!
INDEX
AIの活用で劇的変化
―令和7年9月に学長に再選されました。率直な感想と、学長2期目にあたっての方針などについてお聞かせください。
再び学長を拝命し、大変身に余る光栄であると同時に、改めてその責任の重さを痛感しています。私は学長就任以来、5つの「S」を柱に、本学の持続的な発展をめざしてきました。
Spirit=良医になるという志、Science=教育と研究の両輪、Skill=シミュレーション教育と実地臨床での熟達、Speed=能登半島地震でも示された迅速な判断力、Safety=医療安全と心身の安全確保です。
この理念は、私の中で揺るぎないものであり、再任にあたっても真っ先に掲げました。5つのSは、英語版ホームページでも紹介しており、海外留学時代の上司や、一緒にラボで働いた仲間たちからも「なかなかいいね」と励ましの言葉をいただいています。教育、研究、診療、社会貢献という本学の使命を、さらに高い水準で実現していきたいと思っています。
―大学運営にあたって今後、大きく変わるとしたらどんなことが予想されますか?
1期目との大きな違いは、AIやDXが社会生活の中に入ってきていることです。本学では何年も前から医療DXに取り組んでいて、電子カルテの導入や画像のデジタル化により、診断や各種ツールへの活用を進めています。なかでも学長に就任してからの3年間で劇的に変わったのは、ChatGPTをはじめとする生成AIが、教育現場に入り込んできたことです。
本学では10年ほど前から、教科書や、紙の本を持ち歩く学生を目にしなくなりました。教材の多くをPDF化して、iPadなどのタブレット端末に取り込み、授業や実習に臨むスタイルがすでに一般化しています。AIは、今後も教育的な構造をガラリと変えるのではないかと思います。教育はもとより、研究、診療のあらゆる側面を革新する可能性を秘めていると感じています。
研究力の向上をめざす
―AIの活用によって学びや教育、研究、診療も質的に変わっていくのではないかと?
そう思います。ただ、私自身はAI推進派で新しいことにチャレンジすることは大歓迎ですが、気をつけないといけないところも多々あると思っています。とくに若い人たちは、ネットやSNSに見られるように、自分の好きなもの、気に入ったものに走りやすい傾向があります。同じように、AIやChatGPTに頼りすぎると、どうしても自分の好きなことや、いいところしか見えなくなるなど、知識や情報が偏ってしまいがちです。
たとえが良いかわかりませんが、レストランに行って、好きなメニューしかオーダーしないのと似ています。気に入ったものばかり食べていると栄養が偏ってしまい、体に変調をきたさないとも限りません。栄養バランスを考えたメニューが体にいいのと同じで、なるべく情報が偏らないように、変化にどうアジャストしていくかも重要になってくると感じています。
―学長として、とくに優先的に取り組んでいきたいのはどのようなことですか?
一番は、やはり教育です。医学部においては、建学の精神である「良医を育てる」を体現するために、すべての学生が6年間で卒業し、医師国家試験に合格できる教育体制を確立したいと思っています。これは看護学部においても同様です。看護師、保健師、助産師国家試験において高い合格率を維持しながら、卒業生が社会で活躍できるようしっかりと支援したいと思います。
二つ目は研究の強化です。本学は、2022年に創立50周年を迎えましたが、次の半世紀をどう築くかは、これまでの延長線ではなく、新たな挑戦の連続であるべきだと考えています。
本学の髙島茂樹理事長は「50周年までは診療と教育で手一杯だった。今後は、もっと研究に力を入れていく」と宣言され、新たな挑戦に舵を切りました。その象徴ともいえるのが、2024年夏に竣工した「メディカルリサーチセンター」です。基礎研究を支える実験動物の飼育管理体制を整備するとともに、基礎と臨床をつなぐ橋渡し研究や、国際共同研究を推進し、若手研究者が挑戦できる環境を整えています。
医療DXやAIの活用も挑戦の象徴ですが、医科大学の強みを活かす意味でも、メディカルリサーチセンターはまさに研究拠点です。世界に羽ばたける研究や研究者の拠点になるように力を入れていきたいと考えています。
現場感覚を大切にする
―いまも手術や外来を担当されるそうですが、診療面についてはいかがでしょうか?
教育、研究に続く三つ目として、診療の充実にも力を注ぎたいと思っています。金沢医科大学病院は、特定機能病院として高度先進医療を担う一方、地域の基幹病院として住民のみなさんの健康を守る存在でもあります。いま、大学病院は全国的に厳しい経営状況にありますが、患者中心の医療を守るためにも医療安全の徹底や地域医療との連携をさらに強化し、持続可能な診療体制を築くことは必須だと思います。
外来や手術場に立つのは私自身、医師として現場感覚を大切にしたいと思っているからです。私の専門は、泌尿器科全般と尿路結石症です。泌尿器科の分野では、ロボットなどを使った低侵襲手術やAIを用いた診断、予測モデルの応用が進んでいて、内視鏡手術やレーザー技術の進歩により、患者さんの体への負担も飛躍的に改善されています。
一方で、画像や臨床データをAIで解析し、術後合併症や治療成績を予測する研究も進んでいます。今後は、臨床現場とAI技術が密接に結びつき、より安全で効率的な治療が可能になると期待されています。
こうした中で、私自身が現場感覚から離れていては、とても適正な判断は下せなくなりますし、スピードにもついていけなくなります。それゆえ、会議や業務の合間を縫って手術も行いますし、極力、外来にも顔を出すようにしています。
―ご専門分野では、どのような治療が主流なのでしょうか?
サブスペシャリティとして前立腺がんの治療にも長年取り組んできました。これまでロボット支援手術(ダビンチ)で約300例、小線源治療(ブラキセラピー)で約400例を執刀してきましたが、この分野でもやはり低侵襲かつ高精度な治療が進んでいます。加えて、手術支援ロボットの新機種開発も進んでいます。ロボットアームの動きなどの手術データをAIで詳細に解析し、術者にフィードバックするシステムや、先ほど紹介した術後合併症や治療成績を予測するシステムが主流になりつつあります。日本発のデータを世界に向けて発信することも視野に入れているところです。
―若手医師を育てるという面では、泌尿器科の領域はどんな現状にありますか?
泌尿器科学会の会員数は飛躍的に増えています。高齢化で泌尿器関連の疾患は多いですし、ロボット手術などが保険適用になっていることもあって、若手医師の関心を集めていると思います。 金沢医科大学病院でもロボット支援手術や内視鏡手術がメインになってきているので、若手医師にとってトレーニングしやすい環境が整っています。機器の技術革新が進んでいて、同じロボットでも従来機に比べてデータ解析能力が格段に優れていますから、指導医は機械やAIをうまく利用しながら効率的な教育ができます。そういうトレーニングや教育を含めて、若手医師にとって魅力や可能性が広がっている分野だと考えています。
人としての「徳」を積む
―金沢医科大学は、自治体や企業、大学との連携にも積極的に取り組んでいますね?
地域との協働、連携は、本学の重要施策の一つです。本学は地理的に能登に近いこともあって2024年1月の能登半島地震や同年9月の能登豪雨災害では、医療チームを派遣し、被災地の医療支援に尽力しました。能登半島地震では県内で最も多くの被災患者を受け入れています。
連携の基本は「地域と共に歩む」ことだと考えています。今後も災害医療支援を含め、地域と共に歩む姿勢に変わりはありません。
企業との連携では目下、医療機器や新しい診断技術などの共同開発に取り組んでいます。また近隣大学とも国の支援事業などに採択され、連携を進めているほか、「医工連携」による新しい医療技術の創出などで実績を上げており、大いに期待しているところです。
―少子高齢化や人口減少と共に、医療人材の不足が懸念されています。医科系大学としてどのように対応していこうとお考えですか?
医科大学として、専門医やスペシャリストを養成していくのは重要な使命であり、役割だと思っています。病院診療はもちろん、地域医療を支える医療人材の確保、育成も、私たち地方の大学にとって大きなテーマです。地域医療を支えていくには、GP(general practitioner:総合診療医)や家庭医、地域のかかりつけ医が不可欠になってきています。
そうした時代を見据えて、本学では「総合内科学」講座や、病院内に「総合内科」を開設するなど、教育体系的に養成しようと取り組んできました。ただ、地方の大学でGPや家庭医を養成するための人材確保は、なかなか容易ではありません。今後もGPなど、より多くの多様な人材を本学から輩出できるよう、学生や若手医師に対する教育プログラムの充実を図りながら、人材の確保と教育体制の整備を一層強化していきたいと考えています。
―これからの若手医師や医学生に向けて、何かメッセージがあればお願いします。
私は「医療有徳」、「治癒有徳」という言葉を座右の銘にしています。学生野球の父で「一球入魂」の名言を残した飛田穂洲(とびたすいしゅう)先生をご存知でしょうか。飛田先生は、学生野球のスターで、後に読売巨人軍の選手、監督として活躍した長嶋茂雄氏を育てた立教大学の名監督・砂押邦信氏に「勝利有徳」の言葉を贈りました。
医療有徳、治癒有徳は、その言葉に由来するものです。私は、患者さんが病気に克つには人の「徳」が必要ではないかと思っています。病院が良質な医療を提供するのは当たり前のことです。患者さんが求めるのは、単なる医療ではなく、その先にあるもの。医療の知識や技術があっても、医師が人として「徳」を究めていなければ、患者さんの真の要求に応じることはできないのではないか。私はそう思っています。
「患者さんに『この病院でよかった』と笑顔で退院していただける病院の一員になれるように精進しなさい」 亡き父が私にくれた言葉ですが、いまも励みになっています。これからの人たちには、患者さんの気持ちに寄り添い、人としての「徳」を積んでほしいと思っています。
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