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ISHIN No.107

真の最後の砦になるために改革を、さらに前へ!

山本善裕

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    着任時から改革がスタート

    私が、富山大学の教授に着任したのはいまから13年前の2012年です。当時45歳でした。感染症の教授として長崎大学から赴任して以来、病院長に就任するまでの間、私は先々代の齋藤滋先生(現・富山大学学長)と、先代の林篤志先生(富山大学眼科教授)の2人の病院長に副病院長としてお仕えしてきました。

    私が病院長になって打ち出した改革の方針は、実は齋藤病院長の時代から始まっていると思っています。それまでの富山大学附属病院は、歴史が浅いこともあって、北陸における影響力はいまほど大きくなく、診療科によっては若手医師の入局者が少ないなど、マンパワー不足や経営的にも苦しい状態 だったとお聞きしています。

    その現状を変えるために齋藤病院長は、林先生を経営担当の副病院長に起用し、病院経営を大きく黒字に転換されていきます。その後、齋藤先生が大学の学長に就任され、林先生が病院長になられると、私を経営担当の副病院長に起用していただきました。

    私の専門である感染症の専門医は全国的に少なく、着任した当時、富山県では私を含めてわずか5人でした。これはなんとかしなければいけない。率直にそう思いました。

    私の出身大学である長崎大学は、人口比でいうと感染症の専門医の数は全国で一番多いところです。熱帯医学研究所という熱帯医学や感染症に関する国内唯一の公的研究機関があって、感染症専門の教授だけで20人ぐらいいます。その域に達するのは無理だとしても、まずは感染症専門医などの人材育成をなんとかしたいと考えました。

    そんなときに、齋藤病院長から「(感染症専門医を含めて)大学病院全体の教育をしてほしい」と言われ、教育担当の副病院長に抜擢していただきました。赴任してから4年後のことでした。それから人材育成に本格的に取り組むようになります。林病院長のときには、コロナ禍への対応、働き方改革など大 学にとって大きな出来事もありました。特にコロナ禍に関しては、感染症専門医である私の意見を全面的に尊重していただき、病院全体の感染管理、予防対策などを全て任されたほか、富山県 など行政や医師会との連携、顔の見える密な関係構築など、対外的にも信頼関係を深めることができたと思っています。

    そうした背景もあって、先々代、先代の病院長時代からの伝統と実績を継承し、私の代でさらに発展させていくことを、全職員の皆さんに改めて確認、強調させていただいたわけです。良いところはしっかり継承しつつ、まだ十分ではないところを、私自身が現場に出て確認しながらより徹底していきたいというのが、メッセージにこめた想いです。

    全国に誇れる高度な医療

    改革路線の奏功もあって、近年の富山大学附属病院の躍進ぶりはめざましい。感染症の分野はもとより、高度医療や先進的な医療でも、診療科のセンター化により全国に誇れる実績をあげている。その一つが、消化器内科と消化器外科などが一緒になった「膵臓・ 胆道センター」だ。特に難治性が高いとされる膵臓がんの治療成績を格段に向上させた。膵臓がん治療で富山大学附属病院の名は一躍、全国区となり、患者は全国から訪れる。

    地方大学が生き残っていくためには、 突き抜けた診療科とか、治療技術とか、 日本でもトップレベルのものをもっていることが重要です。膵臓・胆道センターについては、藤井努教授や安田一朗教授という全国有数の先生をはじめ、 優れた先生方やスタッフが揃っているのを強みとして生かそうと、設立されました。

    総合感染症センターについても、実 は2018年に齋藤滋病院長が先見の明で設立されています。当時はまだ新型コロナウイルス感染症が登場する前でしたが、遺伝子を応用した微生物に対する検査などが必要になると考えて設立され、世界レベルの研究を進めてきました。

    私の代で、富山大学附属病院を感染症の分野で、日本有数のレベルに押し上げたいと考えています。それまでに、なんとか感染症の専門医を富山県で30人に増やしたいと思っています。現在は15人程度です。感染症の専門医は、 医師になってから最低でも7年はかか ります。私が着任当時、県下で5人だったことを考えれば、時間はかかりますが決して不可能ではないと思っています。

    誰もが認める最後の砦

    病院長になって私が改めて取り組みたいのは「教育」です。現在の富山大学附属病院は、私が赴任した13年前と比べて診療、研究、教育、社会貢献、 運営などすべての面において、はるかに向上していると思っています。

    しかし、これからのあるべき姿として私たちがめざすのは、最後の砦として誰からも信頼され、認められる存在になることです。特定機能病院として、 私たちは最後の砦という言葉をこれま でも使ってきました。しかし名実ともに、富山県医療の最後の砦として誰からも認められる存在かといえば、まだその域にまで達しているとはいえません。

    誰もが認める存在になるには、患者 さんや県民の皆さん、行政や他の医療施設、医師会など対外的にも、全職員、 スタッフなど対内的にも信頼され、認められることです。

    そのためには何が必要なのか?私は2つのことが重要だと思っています。一つは、対外的、対内的に厚い信頼を得るための徹底的な現場主義。もう一つは、プロフェッショナリズムの徹底 です。

    対外的な関係については、とくに行政や医師会とのさらなる連携強化が必要で、定期的な面談を含めて積極的に出向くことだと思っています。すでにコロナ禍の際、私自身が県内における行政や医師会と密な連携を構築してきており、今後は病院全体にまで発展させていきたいと考えています。

    対内的には、百聞は一見にしかずで、 私自身現場に行かないとわからないことがたくさんあると感じています。病院長が、各診療科の先生と話したいと いうと、一般的に教授や医局長クラスが前面に出ることが多いですが、現場の若い先生やスタッフの意見がどの程度反映されているかまでは正直、わかりません。

    それゆえ私は、多少時間はかかっても全部で 29ある各診療科の医局員が最も集まる時間帯であるカンファレンスや医局会に出向き私の想いを直接伝え、スタッフの皆さんの声に耳を傾けたいと思っています。

    実際に3分の2近くの診療科を回って、病院全体の目標や各診療科の昨年度の高評価点と今年度の重点目標を記載した資料を提示し、若い先生方とも忌憚なく意見をかわしています。若い先生からどんどん活発な意見が出るのは嬉しいですし、各診療科の活性化にもつながるのではないかと期待してい ます。

    「考える力」を養う

    山本病院長が二つ目に掲げる「プロフェッショナルリズムの徹底」には、ある意味で感染症のプロとして最前線 に立ってきた自身の考え方や人間性の一端が表れているといえなくもない。プロフェッショナリズムというと、医師として高度な技術や先進的な医療を追い求めるイメージを想像するが、山本病院長は「私の見解は違う」と口にする。

    私がいま、改めて教育に取り組みたいと思っている理由の一つは、プロとしての意識の涵養です。医師がスキルを向上させ、高度で専門的な技術を身につける。それはある意味、プロとして当然のことです。そのための教育はもちろん必要だし、大切ですが、私が 想うプロフェッショナリズムは、そうした技術論ではありません。むしろ人として、医療人として、常に患者さんの側に立って、誠実に、責任をもって 考えることです。

    仕事に対して「誠実」であるか、仕事に対して「責任」がとれるか、その2つこそが、シンプルですが最も重要だと思っています。

    医師は、病気を診るのではなく、病気になった患者さんを診ることだとい われます。それが本来、医師のあるべき姿だと私は思っています。しかし医学が高度に進んだいまの医療は、どちらかといえば病気だけを診ている医師 が増えてきている気がします。

    いまの医療はガイドラインが多く、 医師をめざす人たちは国家試験に受かるために私たちの時代の何倍もの勉強量を強いられます。試験に受からないと医師になれないわけですから本当に大変だと思いますし、その努力には頭が下がります。

    しかし試験に受かることが大前提になって「考える」ことが疎かになってしまっては、果たして患者さんに対して誠実に、責任を果たしたことになるのか、と思うのです。

    病気を診るのではなく、患者さん自身を病気になる前の生活により近づける。そのために持てる技術を最大限使い、QOLを良くするところまで医師がかかわることが重要です。その前提に立つと、患者さんとの接し方から変わってくるはずです。

    職員のプラスアルファが必要

    プロフェッショナリズムの涵養は、 医療人だけが対象ではありません。私は事務系職員への教育も重要だと考えています。事務系職員は、大学の雇用 です。そして、職員は通常3年ごとに 部署異動があります。病院に勤務する人も3年ごとに代わります。でも私は、 病院事務が3年で変わるなんてあり得ないと思っています。

    広く学ぶために3年ごとに異動する考え方はわかりますが、学部の事務と病院の仕事は全く違います。病院は人の命を預かっています。実際に私たち医師は、現場で患者さんの命と向き合っ ています。その重みや、深く学ぶことの重要性を事務系職員にも感じてもらいたいのです。それゆえ今後は、病院で長く勤務できる採用を増やしていき たいと考えています。

    そうしたことも含めて、プロフェッショ ナリズムに関して全職種を対象に「医療人教育総合センター」を4月1日付 で立ち上げました。医師、看護師、薬剤師をはじめとするすべての医療人に対する、卒前・卒後・生涯教育を通して、プロフェッショナリズムの涵養と、 全人的な医療人を育成するのが、このセンターの役割です。

    今後、医学科、看護学科、薬学部と連携し、卒前教育についても積極的に取り組みます。地域枠や特別枠の医学生、事務系職員にも順次、浸透させていく考えです。

    職員がより仕事へのやりがいを感じられるように、山本病院長は処遇改善の見直しも進めている。各診療科・部署から幅広く意見を求め、インセンティブをつけたこともその一つだ。スタッ フ増員の要望があったところには適時、 増員するなど、可能な限り働きやすい環境づくりを心がけている。同時に、 各部署の職員には「+α(プラスアルファ)」の貢献を求めているのも大きな 特徴といえよう。

    数年前から実践しているのですが、 誰もが認める最後の砦となるためにいま、当院では救急医療に力を入れています。そのために全ての診療科にお手伝いをお願いしています。それぞれ事情があり、自主的に手を挙げてくれる ところばかりではありませんが、いまは全国の大学病院の半数が赤字といわ れる中で、各診療科の協力なくして経営は成り立たなくなってきています。

    現場の医師はもとより、医療スタッフや職員一人ひとりが、何か1つでいいですから病院全体への貢献につなが ることを考え、実践する。一人ひとりのプラスアルファが、経営全体に好循環を及ぼし、誰もが認める最後の砦につながる要素だと思っています。

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    山本善裕

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