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ISHIN No.105

自己免疫疾患の未来を変える!

2024年秋、富山大学附属病院第一内科にリウマチ・膠原病が専門の加藤将教授が就任した。
北陸三県に新潟、長野、岐阜、山梨、静岡、愛知、三重を加えた中部10 県の大学病院で、講座の主任教授をリウマチ・膠原病から輩出するのは稀だ。
糖尿病代謝・内分泌、呼吸器を包括する第一内科の強み、特徴などについて、加藤教授に聞いた。

加藤 将

INDEX

    劇的に変わった治療法

    富山大学附属病院の第一内科は、大きく 3つの診療領域を包括する。糖尿病や代謝 関連疾患などを扱う糖尿病代謝・内分泌内 科、肺がん、喘息、びまん性肺疾患などを 担当する呼吸器内科、そして加藤将教授が 専門とするリウマチ・膠原病内科である。

    なかでも特徴的なのは、大学を代表する第一内科の主任教授が、リウマチ・膠原病内科から選ばれていることだ。加藤教授は、富山市生まれで前任地は北海道大学。富山大学学術研究部医学系内科学第一講座の教授公募に自ら名乗りをあげ、2024年10月、正式にその座についた。リウマチ・膠原病内科出身の教授になった経緯を振り返る。

    「日本リウマチ学会では、新潟県から三重県までの10県(新潟、富山、石川、福井、長野、岐阜、山梨、静岡、愛知、三重の各県)が中部支部、または中部リウマチ学会としてカテゴライズされています。その中で、リウマチ・膠原病が専門の医師が、講座や教室の主任教授になっているところは、そんなに多くありません。過去を遡っても藤田医科大学、三重大学に次いで、今回の私の就任でようやく3人目だと思います。北陸においても自己免疫疾患である関節リウマチや膠原病は、これまで対象患者が少なく、関節リウマチは整形外科で診療したり、治療法も主にグルココルチコイド(ステロイド)が中心でした。どちらかといえばマイナーな診療科で、治療も遅れていたと思います」

    しかし最近はかなり様相が変わり、メジャーな診療科の一つになっている。きっかけは、関節リウマチの治療環境が劇的に変わったことだ。今から 15、6年前に関節リウマチの治療薬としてレミケード、エンブレル、ヒュミラ、アクテムラ、オレンシアといった生物学的製剤が登場し、これまでの常識を大きく覆した。

    「関節リウマチは、全身の病気で関節の腫れや痛み、こわばりなどが主な症状ですが、それが生物学的製剤によって劇的に改善し、日常生活や仕事も普通にできるようになりました。救いたくても救えなかった患者さんが、薬物治療によって改善し、普通の人と変わらない生活を送れるようになったのです」

    以来、診療は大きく変わり、新薬も次つぎに開発され、リウマチ・膠原病のメインは内科で、薬物治療に大きくシフトした。加藤教授は、今後、富山大学附属病院の第 一内科が「リウマチ・膠原病など自己免疫疾患の治療と、予防を含めた未来予想図を先取りできる診療拠点にしたい」と意欲を燃やす。

     

    コロナ禍でリウマチが増える!?

    近年、関節リウマチを含む自己免疫疾患の患者数が増える傾向にあり、リウマチ・膠原病内科は、他の疾患との関係も含めて内科の重要な診療分野になっている。自己免疫疾患が増える要因の一つに、加藤教授は「衛生環境が良くなり、感染症のリスクが低くなった」ことをあげる。

    「断定はできませんが、大雑把に言うと世の中の環境がきれいになって衛生的になると、感染症のリスクが減るといわれます。感染症が減るのは良いことですが、免疫細胞にとっては必ずしも良いとは言えません。免疫細胞は本来、異物であるウイルスや細菌などと闘いそれらを排除しています。その闘う相手がいなくなることで、免疫細胞は常に活動しますから、別の対象を探します。そのときに、例えば環境変化とか腸内細菌の乱れなどがあると、自身の細胞や臓器に異物ではないかと矛先を向けてしまうのです。結果、自分で自分を傷つける、自己免疫疾患につながることがあります」

    さらに、自己免疫疾患が増えるきっかけとして、加藤教授は「新型コロナウイルス感染症がある」と指摘する。新型コロナウイルスが私たちの体に侵入すると免疫反応が起こり、ウイルスが排除される。しかし同時に、免疫がいわば“かき乱される”ことで、自己免疫疾患を発症するケースもあるというのだ。

    「新型コロナの治療は、第一段階としてステロイド、第二段階として生物学的製剤を使います。これはまさにリウマチ・膠原病の治療です。ウイルスだけに免疫の矛先が向けばいいのですが、重症化するのは、言い換えればウイルス感染をきっかけに自己免疫疾患を発症しているともいえます。とくに肺組織を痛めてしまう場合が多くみられます。結果、間質性肺疾患の状態になってしまう。今後、仮に有効な抗ウイルス薬が開発されたとしても、おそらくステロイドや生物学的製剤を使う治療は、これからも変わらないと思います」

     

    膠原病の救命率が向上

    一定の重症度になったら免疫を抑える治療に切り替える。それは今や、治療ガイドラインにも表記されているが、新型コロナウイルス感染症は当初はまだ世界的にも純粋な感染症として認識されていた。

    加藤教授によれば、2020年のはじめに、海外の専門家が新型コロナウイルスに罹った患者の肺炎のCT画像をみて「膠原病である皮膚筋炎の間質性肺疾患の画像に似ていることから、皮膚筋炎と似た治療をしたらいいのではないか」と提唱、それが新型コロナウイルス感染症の治療法につながったと考えられている。

    「感染症を抑える抗ウイルス薬の開発ではなく、皮膚筋炎と同じ免疫を抑える治療に目をつけたことが、ある意味画期的」と、加藤教授は力説する。というのも、皮膚筋炎は間質性肺疾患を合併し、亡くなるケースが多く見られたからだ。

    教授によると、今から20年前までリウマチ・膠原病治療は、ステロイドを使うのが支配的だったという。しかしステロイドは、感染、糖尿病、骨粗鬆症、眼障害などの副作用を伴う恐れがある。一方で、膠原病である皮膚筋炎を発症したり、間質性肺疾患へと進行すると「死の宣告」と言われるほど、厳しい疾患と考えられてきた。

    それが生物学的製剤の出現以来、免疫抑制剤の使い方も洗練され、リウマチ・膠原病は「治る」病気へと変わっていく。そこには診断技術の進歩も大きく貢献しているという。

    「2016年、抗MDA5抗体を使った診断技術が日本の医学者によって開発されたのも大きいと思います。私たちは、皮膚筋炎の患者さんには、抗MDA5抗体を測定します。この検査の陽性反応は、間質性肺疾患が急速に悪化する可能性が高いことを示すバイオマーカーです。陽性の場合の治療は、免疫抑制剤を最初から複数組み合わせて使います。私が研修医になりたての頃は、免疫抑制剤は副作用があるので順番に使うのが基本でしたが、今はこうした診断技術の進歩により、早期から強力な免疫抑制療法を行い、結果、皮膚筋炎の救命率が大きく向上しました」

     

    富山モデルを全国発信

    第一内科では、関節リウマチや自己免疫疾患の治療だけではなく、たとえば関節リウマチが疑われる患者については、所見を明らかにして早期に介入し、経過を観察、追跡し、研究計画を立てるなど、予防にも力を入れはじめている。

    これは「リウマチ・膠原病の未病段階に介入し、また、新薬開発と治療ガイドラインのタイムラグを埋める試み」(加藤教授)として注目されているものだ。

    リウマチ・膠原病内科、糖尿病代謝・内分泌内科、呼吸器内科を含めて、富山大学附属病院第一内科の強みとして今後どのように活かしていくのか?

    「第一内科の特徴は、全身疾患を総合的に診療できることです。糖尿病代謝・内分泌疾患はその際たるものですし、臨床・研究ともに実績があります。第一内科の強みの一つですから、これを今後も継続していきたいと考えています。呼吸器疾患の分野では、肺がんの治療が、オプジーボなどに代表される免疫チェックポイント阻害剤の登場でここ数年大きく進化してきています。免疫治療が受けられることはもちろんですが、呼吸器内科ならではといえるのが気管支鏡検査です。肺の組織を採取して、よりミクロレベルの診断が可能な検査です。これを膠原病に伴う肺病変に対して、呼吸器内科と一体的に診療することで、より質の高い医療が提供できます。第一内科には各領域の専門家が揃っており、常に最良の診療が行えるよう万全の体制を整えたいと思っています」

    リウマチ・膠原病の分野で、加藤教授が今、強く推進しているのは、予防計画を立てて自己免疫疾患を管理していく未来医療への取り組みだ。一つは、先に紹介した未病の段階から関節リウマチの可能性がある患者に早期介入し、予防計画を立てながら普通の暮らしができる未来予想図を示すことだ。

    もう一つは、全身性エリテマトーデスという疾患の、新薬開発とガイドラインとのタイムラグを埋めるための未来予想図を構築することにある。

    「全身性エリトマトーデスは、免疫の異常によって全身の臓器に炎症や障害を起こす自己免疫疾患で、膠原病のひとつです。かつて全身性エリトマトーデスを発症した患者さんのなかには腎炎を合併した人が多くいたのですが、最近は腎炎より皮膚の発疹や関節炎、口内炎など粘膜病変が目立つようになっています。この分野は今、新薬開発が非常に盛んに行われていますが、この病気の治療のガイドラインに盛り込まれるには1年〜2年のタイムラグがあります。その間、この病気に苦しむ患者さんたちの治療が遅れたりしないように、富山大学附属病院では治験などに携わり新しい治療を先取りしています。また、治験に携わることによってどんな薬が認可されるかなどの情報や感覚も掴めると考えています。その未来予想図を、富山大学モデルとして全国発信していこうと考えています」

    救命から、自己免疫疾患を管理する未来医療へ。加藤教授が率いる第一内科の今後の取り組みに注目したい。

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